Simple Chic Yoga

私(azico)、夫、息子の3人暮らし。ヨガな日々を綴っています。

独白。

ホットヨガの帰り、今日は旦那が休みで迎えに来てくれるというので、ビルから出て駅前の目抜き通りを行き交う人々をぼーっと見ながら迎えを待っていました。

ちょうどお昼を過ぎた頃で、サラリーマン風の少しお腹の出た中年男性、大きな荷物を抱えながら駅に向かう若いカップル、職場からお昼を買いに出たらしいコンサバファッションの女性、皆それぞれの足取りで歩いていました。その中で1人、ヨガマットを抱え佇みながら先日のヨガフェスタで受けた、マスタースダカーWSの教えを思い出していました。

それは、マットに日常を持ち込まない、ということ。

日々考えること、人と比較すること、それに伴う優越感、劣等感、、そういったものをマットの上には持ち込まない。日常の延長をマットの上でも行うことほど愚かなことはない、と。

今日のホットヨガでは思いっきり持ち込んでいました。

人と比較すること、していました。

あの人は、私より上手、私より下手、

私は、あの人より上手、あの人より下手。

なぜマットの上でも自分を責め、また優越感に浸り、そして自分をジャッジするのか。

日常の嫌なことをなぜマットの上で繰り返すのか。。

 

最近、アシュタンガヨガはお休みをしています。正直、あまりやりたくない感じなのです。なぜなら、アシュタンガヨガが楽しくない。

アシュタンガヨガはアーサナの順番、呼吸の数まで全て決まっています。シークエンスもハーフプライマリー、フルプライマリー、その後インターミディエイト、その先までずっとあり、初級、中級、上級のようにどんどんアーサナの難易度も上がっていきます。

どこまで進むかは大事ではなく、アーサナの数をいかに多くこなすかも重要ではありません。アシュタンガヨガの練習生はみな全く同じ練習をします。その中で隣のマットを見ず、浮かび上がる過去の執着や未来への不安を流していきながら今の呼吸に集中することを毎回訓練するのです。

頭では、人と比較することの無意味さは知っているはず。比較されて嫌なことも知っていたはず。なのに、ついつい競争心が芽生えてしまって、ついつい隣のマットを覗いてしまって、勝った!負けた!と感じていたんだ。

そりゃあマットに立つの辛くなるよね。

ついつい、って無意識だ。今日意識できたことは良かったこと、だと思う。

まだまだ流すことたくさん。

まだまだ出しきれてないこと、あるなぁ。 

 

今朝は淡い光の窓でした。

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独り言を読んでくれてありがとうです。