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Simple Chic Yoga

私(azico)、夫、子ども、出目金(デメー)の3人と1匹暮らし。ヨガな日々を綴っています。

【映画】たかが世界の終わり

先日、映画を観てきました。

本当は『マリアンヌ』を観るつもりで映画館の上映時間を調べていたら、同じく上映中のこちらのタイトルが気になり、調べてみたらこの作品にも私の大好きなフランス人女優、マリオン・コティヤールが出演していて、(『マリアンヌ』にもブラピの奥さん役で出演)さらに、いつも気になるフランス人俳優、ヴァンサン・カッセルも出演しているとのことで、こちらの作品を観ることにしました。

映画のあらすじ。(以下、若干ネタバレがあるので、観る予定の人は読まない方がいいかもです。)

 

 

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死期のせまる主人公がそのことを家族に伝える為に12年ぶりに家に帰る。実家には、久しぶりに会えるので嬉しくて仕方のない母、自分が幼い頃に家を出た主人公の事はほとんど覚えていないのだが、とても楽しみに待っている妹、素っ気なく迎える兄。そして初対面となる兄嫁。

主人公は、ほとんどセリフがない。家族の、相手を見ているようで見ていないマシンガン会話が次から次へと続く。主人公の話を聞く人は誰もおらず、マリオン・コティヤール演じる兄嫁が唯一、主人公を見て、感じて、対話をしてくれる人間。

主人公が家を出て行った訳、それからは葉書を寄越すだけで一度も帰郷しない訳。

これは、、、家を出て行かざるを得ないかなぁと。。家族の噛み合わない言葉のやりとりは観ているこっちが窒息しそう。

 

家族みんなが、それぞれ愛を欲しがっているんだけれど、それを受け止める人が誰もいない。そもそも、その愛を与える人がいない。

愛の階層が違う、とでもいえばいいのだろうか。愛しているけど、通わない。

愛の与え方、受け取り方、そのキャッチャーがぴったり合えばいいのだろうけど、人によってそれは違う。それは家族であろうが同じことで。むしろ家族はその違いがとても際立つし、孤独を深めたり、罪悪感に苛まれたりと、しんどい。でも、多分、誰が悪い訳でもない。

 

主人公はこの家族の前では透明な存在で、主人公へ向けて語られる話や要求は、まるで鏡を相手に話している独り言や、話している本人へのブーメランのような言葉で。

最後の最後、兄が今までの思いをぶつけるのですが…その後の母親の一言が、、 なんだろう、私には耐えられなかった。

主人公の諦め、拒否感、絶望感、孤独感が手に取るようにわかり、切なかったです。

 家の喧騒の中、現実から乖離し自分の世界に入り孤独を深めていく主人公が、家にいた頃の自分にそっくりでした。 

 

娯楽作品ではなく、ほぼ台詞だけで舞台のような作品(戯曲『まさに世界の終わり』が原作)。あっという間の99分でした。人によっては眠くなりそうな作品らしいのですが(退屈だったというレビューが割とあった。)私は、開いていた胸がいつの間にか閉じてなおかつ腕組みをして(完全防御姿勢‼︎)、コーヒーを片手にやっとこリラックスして観た、そんな深刻に共感してしまう作品でした。

 

 

Home is where it Hurts - Juste la fin du monde 

 

 グザヴィエ・ドランというカナダの有名な監督さんの注目作品らしいです。年齢もまだ27歳という若さ。で、こんな繊細な映画を作るなんて。どんな人生を歩んできたのか気になる。

音楽の使い方がとても印象的でした。どうやらそういう使い方が得意な人らしい。オープニング挿入歌(上記)ですでに泣きそうになってしまいましたー。最近考えていること、ダイレクトにえぐられた。

そしてエンドロールの曲も素晴らしくて。調べたらMobyでした。あまり聴いたことがなかったけれど、現在youtubeでガシガシ聴いています。