Simple Chic Yoga

私(azico)、夫、息子の3人暮らし。ヨガな日々を綴っています。

この世は愛なのだと思った今日

桜が綺麗に散った後、今はハナミズキの開花真っ盛りです。

春はいいですね。様々な花々が次から次へと私たちの目を楽しませてくれます。

 

今日、車で買い物から帰る途中、赤信号で停まっていた時のこと。信号待ちをしていて、ふと横を見ると自転車に親子が2人乗っていました。

お母さんがニコニコしながら子どもと戯れていて、お子さんもとても楽しげでコロコロと笑っている声が聞こえてくるかのよう。

お母さんもお子さんも2人そっくりな笑顔。その笑顔もとても素敵で。同じく周りで信号待ちをしていた年配の方も微笑ましくその様子を見ているようでした。

信号が青に変わり、その親子は目の前の横断歩道をニコニコしながら渡って行ったのですが、その瞬間、

「そうか、愛なんだ、愛なんだなぁ。」

と思わず溢れた言葉。(あと、ちょっぴり涙が出た)

私が買い物に行ったのも、家族に美味しいものを食べさせるためで。

後ろのトラックの運転手さんも、隣の商用車に乗っているサラリーマンも、

母が笑っているのも、息子がいつもクイズを出して〜と言うのも、夫が薀蓄垂れるのも笑、デメーがぷかぷか泳いでいるのも、みんなみーんなそう。

私たちの行動の始まりは、人のため、自分のために動き出すことしかない。

それを仮に愛と呼ぶならば、愛を原動力に1つの動きが始まるんだなぁと。

 そう思うと、日常の当たり前に行なっている行動そのものはかけがえのない素晴らしいこと。

表に現れることは違うし、やっていることも人それぞれ違うけれど、ベクトルは一緒なのかも? 

誰かが誰かへ愛を向けて、自分へ愛を向けて、たくさんの人へ愛を向けて、花へ、草木へ、動物へ、自然へ、愛を向けて、、、

 

私は、私なんかが愛と云われるものを誰かに渡したり、ましてや“与える”なんてことはおこがましくて出来ないと思っていたし(そもそも与える分の愛も私には無いと思っていて)。

そして愛を受け取ることもできないと思っていて、そんな価値のある人間ではないと、、何処かで思っていたことに今気がついて。

 

息子がニコッと笑いかけてくる。私も息子にニコッと笑いかける。

今日は息子リクエストのキーマカレーを作った。美味しいと食べてくれた。嬉しかった。

私も愛をたくさん受け取っているし、渡している。

そして何より一方通行じゃなくて、ぐるぐると循環している!

誰かが言っていた、

「愛は、いくら与えても減らないんだよ。与えれば与えるほど満たされていくんだよ。」 

その言葉の意味が少し分かった気がしました。

 

車の中でのBGMは、Marvin GayeのSexual Healingでした。

彼の人生を思うと、人の生死や愛について考えてしまいます。

  

とてもメロウなこの曲を最近よく聴いています。

セクシーな歌詞が、むしろ人間らしさ溢れていて素敵ださえと思う(笑)根源は大事。

Marvin Gaye - Sexual Healing - Extended Version - YouTube