Simple Chic Yoga

私(azico)、夫、息子の3人暮らし。ヨガな日々を綴っています。

もうすでにやっている。

私は今まで、「やりたいこと」と「我慢すること」を捻って捉えていたのではないのかと、数日前にふと気がつきました。

全くの逆?に定義していたのです!!!なんというmistake (驚)!!!

です!!!!

 

例えば、日常生活の細かいことで言えば、

リビングの掃除機かけ

トイレの掃除

お風呂の掃除

キッチンの掃除 etc.

(掃除しかでてこない 笑)

 

上に挙げたものは「やりたくないのにやらなきゃいけない」と、日々我慢しながら(と思いながら)やっていたことの一例です。

 

例えば、掃除をしない、若しくは掃除をすることを何らかの理由で制限され出来なくなった場合、当たり前ですがリビングは埃だらけ、トイレも汚くなって、お風呂はカビだらけで、キッチンも汚れて油はこびりつき、毎回の料理作りさえ面倒になるであろうことは目に見えております。

結果、私は、毎日を清潔で快適に過ごしたいと思っているのにも関わらず、日々を嫌々過ごす羽目になります。埃が落ちているのに掃除をすることが出来ない。キッチンではコンロ周りが油でギトギトなのにサッと拭くことも出来ない。ムズムズしてしまいますね。この状態こそが、本当に我慢を強いられている状態です。

 つまり上記に挙げた「我慢しながらやっていること」は我慢してやることではないのです。というよりむしろ、私のやりたいことなのです。もっと言えば、やりたいことでなくてはおかしいのです。なぜなら、私は毎日を清潔で快適に過ごしたい、と思っているからです。つまりは、掃除をすることは自分のやりたいことなのです。

 

そんな風に気がついてから、上記のことは私にとって、我慢してやることではなく、すんなりと私のやりたいことに変わってしまいました。

今まで、何となく見て見ぬ振りをしていた汚れはいつの間にか磨いているし、 目に付いた埃は何も考えずゴミ箱へポイと捨てています。(そんなこと、何を今更と思う方もおられるかもしれませんが、自他共に認めるズボラーズな私には目から鱗な気づきであります。)

 

見渡せば、全てがそうなのです。

自分の周りのことは、全てがそうなのです。

もうすでに、自分はやりたいことをやっているのです。

我慢しながら無理無理やっていることなど、何一つないのです。

 

 

ヨガをするのも、そうなのです。

自分の求める生き方をするために、私はヨガをするのです。

歯を食いしばって耐える時期もあるのかもしれません。悩み、苦しむ時期もあるのかもしれません。

でも、それも私のやりたいことなのです。

 

そして、やりたいことに向かう時、必要以上に構えることはないし、恐れることもないのです。

「やりたいこと」をしたくても出来ないと、我慢しなくていいのです。

誰も私の「やりたいこと」を制限する人はいません。

私は自分で自分に制限をかけて、「私、こんなに我慢してるんだよ」とポーズをとる必要もありません。(誰に?何の為に?)

「我慢すること」だけをインストールされたまま動いていたようです。

「我慢する」ことの方が楽だと思ったり、美徳と思ったり思わされたり生きてきた私でした。 

自分が思うほどこの世界は複雑ではなく、私が思うよりずっとこの世界はシンプルなのですね。

 

 

そう思ったら、なんだかすっきりした。いぇい。

 

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