Simple Chic Yoga

私(azico)、夫、息子の3人暮らし。ヨガな日々を綴っています。

カルマ・ヨーガ

 この数日間、自分のことを考えていた。いつも考えているのだけど、特に頭を使った。

ところで、指導者養成セッションでは、カルマ・ヨーガの実践について、教えてもらっている。

カルマ・ヨーガとは、「行為のヨーガ」と訳される。ヨガは、実はマットの上でアーサナをするだけではない。日常生活の中で起きる様々な出来事や物事を、ヨガの練習(修行?)の場と捉えて学びを深めていく方法があり、それがカルマ・ヨーガと呼ばれるものだ。

 この数ヶ月、そんな視点を持ちつつ、いったりきたりしておりましたが、自分の考え方や感じ方、自分のフィルター自体が、少しずつ少しずつはっきりとしてきている、気がする。

「あぁ、私ってこうやって世の中を捉えているのか…」

つくづく思った。これが、「私」の見ている世の中か、、と。

私の世界。私しか知らない世界。

 

 ・・・

 

ある事象が起こるとする。

その事象に対して、私は「A」と感じ、また違う人は「B」と感じる。

どちらかが間違っている訳ではなく、人によって感じ方や捉え方が違うだけのことなのに、私はこの当たり前に気がつけない時がある。

「なぜ、あなたは私と同じように「A」と感じないのか!」と。

…随分と勝手なものである。

このパターンをいつも繰り返す訳ではないけれど、ある特定の状況の時にこのプログラムが発動するようだ。

それは、「B」がネガティブな感情の発露(言葉)の場合だ。

そんな時の状況を分析すると、自分はいつの間にか、自分の「なぜあなたはBなのか⁈」という思いで一杯になり、相手に対して強いネガティブな感情が沸き起こる。驚愕、嫌悪、軽蔑、怒り、そして寂しさ、そんな感情が渦巻き、気がつかずにその渦の中に飲まれていき、、、私の気持ちは大混乱だ。

そして次に、あなたはなぜ!そう思う(感じた)のか?と強く問いただしたくなる。(そもそも感情になぜ?という問いは愚問ではないのか?)

同じくらいの勢いで自分にも問い詰める。自分の考え方が違うのか?果ては生き方が間違っているのか?とまでも考える。

でもって、正解って言われたいし(誰に?)あなたは間違っていると批難したい。自分が正しいと思いたい。(なぜどっちもありだよね〜とならないのか。どちらかしかないと感じてる?)

感情は間違いも正しいもなくて、心に浮かんできたもの。しょうがないじゃん。ふっと出てくるもの。

でも、私は自分の認めた感情しか受け入れないし、受け入れづらい感情の存在そのものを認めようとしないらしい。だから相手の感情も認めたくないのだろう。自分にも同じような感情があることに気がつきたくないから?かなと思う。 

(感情と思考は一緒なのだろうか?普段の思考から湧いてくるものが感情なのだろうか?)

 (「感情」という言葉がいつの間にか「考え」という言葉にすり替わっていることに気がついた。)

 

これが、私のいる世界だ。

 

(特に家族などの近い関係の人との間においてよくあるパターンで、友人や赤の他人との間でこういったことはあまり起こりません。)

 

・・・

 

なんか、面倒だねーって思ったそこのあなた!そう!私をやるのって面倒なのです(笑)私もそう思います(笑)しかしここまで言語化することができるようになってきたのは私にとっては凄いことで(笑)そしてこれをブログに書くことも。

これは私の過去とも関係があるでしょうし、それがここまでの仕組みを作ってきたのだろうとも思います。今いる、私の世界にはこの仕組みは必要ないはずなんですが、、、相変わらずあるタイミングで発動します。でもこの仕組みをもう少し細かく観て、分解していけば、きっとこのプログラム止めることができて、最終的には外すことができるであろうと、そう思っています。

 

冒頭のカルマ・ヨーガからは、だいぶ話がそれてしまったけれど、今はそんな事を日々勉強していまーす。

カルマ・ヨーガのことでまた書きたいことが出てきたので、また今度〜!