Way of my Life

心たゆたうまま、まるまると生きる

通りすぎる思考たち

皿洗い、洗濯物干しなど家事をしていると、たくさんの思い(思考)が出てくるので困る(時もある)。

 

皿洗いをしながら、

世の中の全てについて、偏った見方をしたくないな、と思う。

あの人は、なぜあんなにも偏った見方をするのだろうか、と思う。

と同時に、自分自身がその人のことについて偏って見ていることに気がつく。

 

洗濯物を干しながら、

今までの生き方を振り返る。

自分は何に苦しんでいるのか?何をどうしようとしたいのか?

何を心から欲しているのか?

 

一通りの家事を終えて、一服しようとコーヒーを淹れることにした。

ドリップしている最中、

フィルターから少しずつ染み出し、大きくなるその粒は、その、自身の重さに耐えられなくなるとポタっと落ちる。

カップの中へコーヒーの雫が一滴、一滴、落ちていく。

この雫を見ないで、何が人生だ、と思った。

この瞬間、瞬く間に落ちて消えていく雫を見ること。

自分は、この雫を見続けたいのだ、いや、真摯に見続けていかなければならないのだ、そう思った。

それ以外のものは、なんの価値も意味もないのだな、と思った。

 

今、この瞬間も、世界のどこかではあらゆる雫が一滴、一滴と落ちている。

その雫たちを、私はこの目で見てみたいと思う。

体験するのだ。雫の落ちる様を。

そして、その世界を自分のものにしていきたいのだ。

そう思った。