Way of my Life

心たゆたうまま、まるまると生きる

それが人間

疲れていたら、電車で席を譲れない時もあるし、耳障りな音が聞こえたら、耳を塞ぎたくなる。

今日、自分の身に起きたこと。

人間ってそんなものだからね、って開き直る?ような話ではなくて。いや、これはいい意味での開き直りだ。

 

今日は陰ヨガ総合講座の最終日。

その帰り道。

自分が調子のいい時や元気な時は譲れるだろう席が、今日は譲れませんでした。@電車

そもそも、スマホをダラーと見ていて、近くに困っている人がいることに、気がつきませんでした。

気がついたのは、隣の隣の女性が立ち上がって「どうぞ」と声を掛けていた時。

彼女は、そのままサッと歩いて隣の車両に移って行きました。

その時、席を譲った女性が私に問うているように感じました。

「なんで席を譲れないの?」

「疲れているし、気がつかなかったんだ、、」という言い訳を心の中で呟いた私。

でもその女性の問いは、過去に席を譲った自分自身からの問いだったと気がつき。

「なんで席を譲れないの?」

私が席を譲った「あの時」、

私は確かに周りの人にそう思った。

そう思った自分の傲慢さに、席を譲らなかった今日、気がつく。

私が善き人であろうと思っていた時、周りに対して凄まじく暴力的だったことに気がつく。

 

席を譲らない人が悪で、譲れる人が善。

以前はそう思っていた。

だから、悪いことはしないで善きことを行おうと思っていたけれど…だって当然でしょ?

悪いことをしてはいけない、そう親からも教えられ、学校でも教えられてきた。

でも、善いことって何?

悪いことって何だ?

 

席を譲ることに善い悪いはない。

確かなことは、席を譲りながら傲慢な自分がいたのですね。

ほほーぅ。

 

自分の中に善悪があって、どっちもあってひとつであって。

そうなんだなーって思ったよ。