Way of my Life

心たゆたうまま、まるまると生きる

私の身体

今日は、私の身体について思うことをつらつら書こうと思う。

ますます、独り言感が増えていくこのブログであるのですが、まぁいいか。

思いついたことをただつらつらと書き連ねる。

 

アサナをして、シャバーサナで休んでいる時、この身体の余計であろうと思われる部分がよくわかる。自分の感覚的な輪郭とピタリとハマる身体のラインからはみ出る部分に改めて気がつくのだ。

それは不思議な感覚だ。その感覚について、こうなのではないか、とか、こういう気がする、とか言葉に残すとね、それが違うんだよね。むつかしいよ。

ブログを書いててさ、しかも誰かが読んでくれると思うとさ、自分のある部分では、こうこうだからこうなんだ!!ズバババーン!!みたいな結論をついつい出したくなるんだけどさ、それを今はやめておくよ。

言葉にしてしまった途端、違う感。

言葉は、エゴ発信だからね。ぴったりな表現が出てくるまで待とう。

すごい脱線。

でもこの、言葉にした途端違う感は、ずっと前から感じていて、なんとか言葉にして伝えていくのだ、と思うのだけれどね、まだまだな私にはまだまだな作業。

先人たちが、たくさんの知恵を様々な言葉にして、後世の私たちに残してくれているけれど、その言葉たちの本当の意味を、少しずつ少しずつ体感してる私には、、、体感しないと分からない、それをまたアウトプットしていくのには、自分で磨いていかないといけない。

 

今日の練習では、ー全てのことに終わりはないのだー、ということに気がついた。

ヨガのポーズって、一見止まっているようだけれど、背骨たちは伸びよう伸びようとしているし(そのイメージを持てば、の話)呼吸は続くし、意識だって、、どこを見ても止まっている場所は一つもないよね。

昔の私は、止まる場所を探していたね、完成を探して、そこを目標としていたね。そこに達したら、何も怖くない、完璧な人間になれるんだと、そう思っていたみたい。

いいんだよ、私は怖がりなままだ。

怖がらなくなったら、一歩踏み出そうと、そうしたら、歩き出そうとしていたけれど、怖くなくなる時なんてきっと永遠に来ないのだよ。怖がりのままで、ぶるぶる全身が震えるままで、ようやく一歩、踏み出すんだよ。ぶるぶる震える一歩でも、確実な一歩さ。私はそうやって前へ進んでいくのさ。それが私さ。今は、そんな最中さ。

 

永遠に終わりはないのさ。

永遠に止まることはないのさ。