Way of my Life

心たゆたうまま、まるまると生きる

ただ、そうだったなぁ…という話からのなぜか母親

これから当分、このブログでは、

ただ、そうだったなぁ…という話が続いていくと思われる。もうまさに独り言もいいところである。まあ、今までもそうだった事の方が多いとは思うが。

 

随分昔から、私は自分の身体と気持ちの分離感がとても強かった。

自分の身体なのに、自分の身体じゃない感じ。

着ぐるみを着ているような感じ。

自分の身体を自分とは思えない。

自分の身に起きた出来事は、文字通りまったくの他人事であったように思う。

しかし一方で、自分の身体なのだからどんな風に扱っても構わない、そうも思ってきた。

身体を大事に扱う事ができなかった。

というか、むしろ随分と粗末に扱ってきた。

色々、特に若い頃は沢山やってきた。身体をいじめていました。

リラックスやらマッサージやら、自分を労わろうやら、癒すやら、、何それ美味しの?ってぐらい、それらにまっっっったく興味がなかった。

むしろ、それらの言葉に対して今思えばイライラしていた。そういうのぜーーんぶ嫌いだったのです。

自分自身に対してもこれは同じでしたよ。

自分のこと、好きではなかったのですね。

むしろ嫌いでした。子どもの頃から。

自分の長所と短所を書きましょう!と、授業で言われても、短所ばかりは何個でも思いつくのに、長所はどうにかこうにか1つ捻り出せるかどうか、、、そんな子どもでした。

子を持つ身となり、自分の息子がもし、そんな風に思いながら日々過ごしていると想像すると、私は1人の人間として、親として、いたたまれなくなります。

そんな想像の世界に入ると、私の頭の中で思い起こすはいつも自分の母親のこと。自分が親の目線に立つと、頭の中で自分の母親のことが立ち上がってくる。(これは完全なプログラムだよ。。プログラミングされていて、親目線と自分の母親がリンクされている。あー、、脳みそ!!!)

 

そして、こう問い始めるのだ。

私の母親は、なぜそんな可哀想な子どもの時の私に気がつかなかったのか?

なぜ、気にかけてくれなかったのか?

知らなかったのか?

弟がいたから?

忙しかったから?

なぜ?なぜ?なぜ…エンドレス〜

 

しかーし!!待て。よーく思い出してみろ。

私は、子ども時代、母親にそんな自分の気持ち(自分を好きになれないこととか、日々の細かな話とか)を隠していた。 打ち明けられなかった。じゃない、打ち明けなかった。話したいことは話した。話したくないことは話さなかっただけではないのか。

大人になって、母親に言われたことがある。

私は何を考えているのかわからなかった、と。

そう、私は、母親から自分の気持ちを隠していた。

少なくとも母親は、私のことをよくわからない子だ、そう思っていた。

 

私、なんで自分の気持ち隠していたんだろう??

そっちの方が楽だったのか、何かしら得だと考えていたのか。

なぜだろう?

なんか、恥ずかしくて話せなかった、、気がする。

何か言われるのが嫌だった、そんな気もする。

あれ?もしかしてそんだけのことだったのかなぁ?

それだったら、やっぱり、私の望んでいた通りの子ども時代だったのかなぁ?

のか?

こ、これが、壮大な自作自演という、、やつ、、なのか???

 

 

なーんて運転しながら思っていたら、車CDから流れる曲はこれだったよ。なんつータイミング、、と思ったね。

 

マーシーも言ってるじゃん。70年は一瞬の夢だって。

やりたいことをやらせてもらうって。もーそういうことなんだって。

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