Way of my Life

心たゆたうまま、まるまると生きる

土いじり

連日の猛暑の中、私は農園に毎週のように通っている。

今は、夏野菜が真っ盛り。

毎回山のように、ナス、きゅうり、ピーマン、シシトウを収穫している。インゲンはもう終わり、何回かに分けて植えた枝豆はもう少しで2回目の収穫だ。

 

野菜を一通り収穫した後、自分の区画の畑の草取りもする。

畑で30分ばかしも作業をしていると、大粒の玉のような汗が、顔からぼたぼたと溢れてくる。

それを首にかけてあるタオルで拭うのだが、、あっという間にタオルも濡れてきてしまう。(熱中症、要注意!ですね)

拭っても拭っても、次から次へと滴り落ちてくる汗。

しかし、無心に草取りをする自分。

 

頭では、昔のことを思い出していた。

「土いじりをしている人は強い」

以前、誰かから聞いた言葉だ。

確かにそうかもしれん、と思った。

人間が自然を相手にすることは過酷だ。

そんな大それたことではなくても、私のようなレベルの土いじりだとしても、何も言わない土を相手にするということは、逃げ出したくても嫌が応にも自分と向き合わざるを得ない瞬間というものが多いのかもしれない、と思った。

現に、今の私は草むしりをしながら、私の中での苦々しい過去を思い返していたから。

 

その言葉を知った頃、私には、明確に敵認定していたある人がいた。

その人は(趣味で)土いじりをしていたから、

「嘘でしょ」と思った。

私から見たら、全然強そうに見えなかったし、とにかく敵認定していたものだから、今思えば、私は、その人に勝ちたかった。(当時は、全く!!気がつかなかった!!)

勝ち負けではないってね、今ではようやく笑えるんだけれどさ、その当時はそう思わないと自分を保てない気がしてね。

とにかく、

自分が絶対!正しい!!!

って、本当に本当に思っていたから。

 

そっか、私、そう思ってたんだね。

と、汗だくになりながら、黙々と草むしりをしながら思った。

そこに気がつけたということは、その勝ち負けの舞台を、自分からようやく降りることができる。

冷静に考えればそもそも相手は、その舞台に乗っていたかどうかもわからない。

私の一人舞台でしかなかったのかもしれない。

…。

長ーーーーい一人芝居だったぜ…。

 

帰りに、農家さんのお宅に収穫用のハサミを返し、辛いシシトウの料理の仕方を伺ったら、奥様が、わざわざ料理したものを味見させて下さって。

ほどよい加減の醤油が、汗をかいた身体に染み渡り、

生きている…!

これだ…!

これでいいんだ、人間は…!

汗にまみれて、土をいじり、塩を舐めて、好きな音楽を聴く日々は、、質素だけれど、それだけでこんなにも満たされる!

なんて、恍惚としながら、

車で、oasisを聴きながら家まで帰りました。

 

太陽のシャワー!

音のシャワー!

汗のシャワー!

血中を巡る塩分!

昔のランニング!

思い出した!

汗かくの!やっぱ気持ちいいわ!

しかし、熱中症には要注意!

 

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