Way of my Life

心たゆたうまま、まるまると生きる

記録

今朝は久しぶりに気持ちも落ち着き、

ゆったり過ごす午前中である。

ので、久しぶりに文章を書いている。

 

ヨガ練習のあと、

テニスボールコロコロしながら

 

ありったけのすべてを出し切りたいのに出せない

 

という思いに突然襲われ、さっき少し泣いた。痛くて泣いたのではない。

泣いて考えたけれど、

泣くってなんなんだろう。

 

昨日空を見上げた時にあった、

ポンと浮かんだ白い月の美しさ、儚さ、

昔見たまま、そこにずっといてくれたんだ、、という気持ちと、

それを見つけた自分への喜びと

足元を見て、前を見た時、歩いて過ぎゆく人々と、

自分の周りの全ての美しさに思わず涙が溢れた、その涙。

 

涙は同じように出たけれど、どこがどう違うんだろう、とか

少し冷静に考えてしまった

 

相変わらず、私は一人遊びが得意だなぁと思う

私は一人、昔からいる場所は変わらない

変わるのは周りの風景だ

自分の周りをくるくる くるくる 周りづつけるだけ

私はそこから、見たいものを見て、

浸りたいものに浸っているだけだ

自分の世界は一人だ

そう考えると少し虚しい

 

感情の良し悪しを決めるのをもういい加減やめよう

いいこと感じたら、ブログ書くとか、やめよう

どっちも自分だ

いいことをアウトプットするなら、嫌なこと感じてもそれをアウトプットするべきだ

その線引きを無意識にしている時点で、

私の世界はいつまでも二分化されたままだ

 

昔、感じた、

全てが一体となったあの感覚からは

随分と遠くにいる

世界の分割がいつのまにか進んでいて

また以前の世界に戻りつつある、全く同じではないけれど

 

一瞬の、あの理解は

多分忘れることはないのだろうけれど

でも、あそこにまた戻ろうとする執着は捨てなくてはならない

 

感情を批評しているうちは

私の周りの世界から、

自分の感情を呼び起こす

全てのものを

批評するだけで

それでは

また逆戻りだ

逆戻りでも いいんだけれど

自分がどうしたいか

答えは

より広い所に行きたい ということ

 

私の周りの人間がマイナス感情を出すことが辛かった

私の代わりに出しているマイナス感情

自分の中にあるマイナス感情を代弁してしているから

ないと思っているから

見ないふりをしているから

聞きたくない言葉

 

最近ね、少し違ってきている

頑張って聞いている

チクチクするけれど 聞いている

自分が言っているんだと思って 聞いている

自分も便乗して言っちゃえって、まだならないし

この状況で言うことはどうなのかしら?という感覚もあり

 

こんな書き殴るようなブログ記事

ただの書き捨てのような記事

後生大事にとっておかなくてもいいものだ

しかし自分の記録

ま、この記録もあまり意味のないものかも