Way of my Life

心たゆたうまま、まるまると生きる

亡霊

以下、以前に書いた記事。なかなか upが出来なかった。被害者意識が見え隠れする自分が恥ずかしいのだ。でも、ありのままを綴っていくことに意味があると考え、これからもblogを続けていく。

 

・・・

 

先日の出来事。

「子どもを抱きしめている時って、自分が抱きしめられているよね」って話しがあって。

 

・・・

 

自分の(それまでの生き方での)人生のどん詰まりに行ったのが、、、

5年前のあの日。

目の前がガラガラ音を立てて崩れていった。

←これって嘘じゃないね、この感覚って実際にあるんだねぇw

袋小路感が半端なかった。

行き場が、、もうこれ以上ないのよね。

 

そこから、今に繋がる様々なことがスタートした。色々なことが噴出し始めた。嫌なことも嫌なことも(良いことなしw)沢山目の前に現れ始めた。

 

今思うのは、あの日は自分にはなくてはならないものだったわ♪ルン♪ とか言うつもりは更々なく、冷静に考えれば、そりゃそうだよねって。

嫌だ嫌だと首をブンブン振りながら、

でも全て受け入れOKとしてきた自分がいたからこそ、

自分の望むことも望まないことも全て、自分で自分の人生に招き入れたのだ、、と、冷静に思う。

そして自ら進んで、袋小路へ入っていった。

まぁ、自分にはそこまでキャパがあったのだ、と思うことにしている。茨の道をやってみたかったんだね、とも少しずつ思えるようになってきた。悲劇のヒロインに浸りたかったんだね…ってね。ははは。渇いた笑いだ。

 

たまには今歩いている道を振り返って、

そっか、ここまで来たんだ、って思いたい時がある。

このブログは、自分にとってはそんな意味を持っているのかもしれない。

あぁ、自作自演。

しかしここで、少し自分の回顧録

 

・・・

 

話を冒頭に戻し。

あの、5年前より以前の子育て期間、

上記のように思ったことは一度もなかった。

確かにまだ乳幼児を相手に身も心もすり減っていたとはいえ、、、

思い起こせば、

抱っこするから抱きしめられるって感じたことは何回かあったような気がするけれど、

なぜか、

罪悪感で一杯だった自分は、そんな風に感じてはいけないと何処かで思っていたようだ…

ああ、思い出した。

自分は癒されてはいけないと思っていたのだ。

許されてはいけないと思っていたのだ。

そんな風に感じる暇があったら、その分も目の前の赤子に全てそそげーーー!みたいな。

全部、ぜーーーんぶ、すべての力を出し切って、目の前の大事な赤子が一番いい状態でいるのを保持し続けろーーー!みたいな。

 

まさに全身全霊

持てる力を全て振り絞り

全ては我が子の為。

私が生きる理由も我が子の為。

 

そうしないと、私の思う良い母になれないと思っていたから。

そうしないと、私は、自分が恨んでいる(恨んでいたんだ…と気づく)あの母のようになってしまうと思ったから。

そんな風に、私は自分の思う理想の母親像&子育てに爆進していたのですけれど、ふと横を見ると、いつもうちの母がいました。(実際の母ではありません、年に数回お盆と年末年始に会う位の距離でしたから)

小さな私から見た母が、私と、私の子育てにべっっったりと張り付いて、常にじーーーっと見ていた。

 

私はこの母親と常に競争しながら子育てをしてきていました。

私のような子にならないように、我が子を育てるのだ、という強い決意を持ち。

小さな頃の私に、母親のようには育てないからね、安心してね、と固く約束をして。

 

母親が子育ての見本。

反面教師。

我が子の顔を懸命に見つめながらも、

がっつりと自分が見てきたのは、

昔の母の顔と、小さい頃の私の顔。

 

今思えば、もう亡霊のよう。

私の過去に生き続けている母ですから。

そして実際の母も生きているからなおタチが悪いw⁈

何故ならその母親の亡霊は、現実の母に会うと、さり気なく更新されてpower upすることもあって。

そして、もっっとタチの悪いことに、私は亡霊でも現実でも、母が恋しくて恋しくて仕方がなかったので、もうめちゃくちゃでしたね、当時。自分で作った渦の中で、溺れまくっていました。

 

母親の亡霊を作ったのも、理想像を作ったのも、Power upさせたのも自分ですが、当時それが自分の意識に上がった事もなく、ましてや言語化することも出来ませんでした。

5年前のある出来事を切っ掛けに噴出した、自分でも気がつかなかった(つもりの)積もったままの母への思い。

5年かけて整理してきた。

 

・・・

 

今、

わたしの横に亡霊の母はもういません。

現在、月に1回、ヨガ哲学の勉強の為に家を空けるので、息子の面倒を見に来てくれる、現実の母。

この間、お母さんって、こんなに優しかったっけって思ったよ。

いや、優しかったんだよ、、、お母さんは、、。

 

やっと、現実に脳みそが戻ってきた。

 

・・・

 

ヨガを始めて、

数年経った頃からかしら、

息子を抱きしめた時、自分も抱きしめられているんだ、、、って感覚が、じんわりじんわり染み込んできたのは。

それからぎゅーぎゅーするのが大好きになりましたとさ。

近所の猫がマジで可愛いく感じ始めたのも、ここ最近だもんね、まじでー、まじかー。

 

 

おしまい

 

そんな物語(人生脚本)を書いてみました。

だーれーがー???

 

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先日、我が子を抱っこしていた期間が割と長かったことを思い出しました。

年中さんくらいまで、余裕があれば抱っこしていた。本当に、重さ的に持てなくなる限界までwこれもさ、色々な思いがあったんだろうねぇ。あの時の私さんにはね。