Way of my Life

こころを綴る

かげぼうし

 

影に追いつかれるのは いやだな

 

いつかの朝、起き抜けに浮かんだ言葉は

かげぼうし だった

 

影に追いつかれるのは 少し怖いな

 

でも

影好きな自分は

そこへ自ら踏み入り

ダイブする

 

 

夕やけが好きで

子供の頃は自転車乗って

夕日を追いかけて追いかけて追いかけて

 

沈む瞬間が見たくて

自分をそこに連れて行ってほしくて

一緒に沈んでもみたくって

 

だけど いつも届く前に日が沈んでしまって

 

 

 

今住んでいるところは 夕日がビルに沈むから

それに わたしは ひとりじゃないし

なんだかもう

そこへは行けない気がしていて

 

寂しいような

これでいいような

少し 困っている

 

 

 

f:id:azicoyoga:20190608101034j:image

蝸牛

5月22日

 

どうしたい?と自分に突きつけた夕方

 

その、突きつけた切っ先が、

余りにもが鋭くて、

最後にはまるまった自分は蝸牛だ

 

刀を突きつけて、自分に向かうなんて、

なんて馬鹿なのだろう

 

だから防御しているんじゃないか

 

なぜ、こうも自分と闘おうとするのだろう

 

誰が誰と闘おうとしているのか

自分の責を負いたくないのか

自分と手を取り合うはずではなかったか

 

 

 

体験に紐つく感情

自分に対して、批評家になってはいないか?

自分に対して、自分の言動について、傍観者的な姿勢のまま、自分では何もしない人になってはいないか?

言葉的にこんがらがるが、

今までの自分はそうだった。

ってことに今日気がついた。

 

 

自己表現について。

私は自分の今までの体験と、感情を切り離したものを表に出そうとしていた。客観的に…と思っていた。

言葉にならない変な苦しみを感じながらも、自己表現として「それ」を表に出そうとしていた。

そこを切り離したらね、突き詰めると、

私が話す必要なんて、なくなるんですよ。

ネットで調べたもので、十分なんですよ、、

って、そこに気がつきつつも自分の体験を話すこと(表に出すこと)に怯えている為、ずっと何だかごちゃごちゃしていたように思う。

その為、体験と感情の結びつきからの言葉を出すことが出来ていない。

 

体験を自分のものとしているか?

苦しかった経験、逃げたいような出来事、を

我が事として受け入れているか?

また、反対に感情を自分のものとしているか?

我が物として受け入れているか?

 

ここで言う、自分、とは、notアートマン

この世界を体験しているマリオのこと。

マリオが、マリオやっている時、マリオだっせーとか、なんでピーチ姫助けなきゃなんないの?とか思わない。そういうこと。

私、マリオだっせー、ピーチ姫助けるの面倒くさーって思いながらマリオやってきたってこと。

 

 

体験に紐付く感情をも、結局どこかで批評している。

そして、体験に基づく感情の揺らぎは隠す必要はないのだー!

出た!私の隠し癖ーー!

 

 

なぜ、自己表現(表に出すこと)が怖いのか。

表現するんだ、と決めているのにできない。

外に出した時、

え、そこで躓いてんの?って誰かにプゲラッチョされるのが怖い。要するにバカにされるのが怖い。

バカにされるかもしれないし、されないかもしれないし。

そんなの分かんないのに。

 

自己表現、

受け入れてもらえなくてもいい、とは思いつつも、

受け入れてもらえると、やっぱ嬉しいんよな。

この感情は、単なる承認欲求を満たしただけ、と切り捨てたくないんよな。

あー、、自分で自分をプゲラッチョしているだけか。

嬉しい時に自分でプゲラッチョしているんか。

嬉しい時も悲しい時も、自分で自分にプゲラッチョしているんか。

 

マリオだって気がつきつつも、マリオ真剣にやらんばいけねーby新潟弁

 

 

 

メモ

あることを始めることにした

これは決意ではなくて

ただ始める

 

決意して

宣言して

始める時

ここにエネルギーをたくさん使ってしまって

結局そこで終わってしまうことが多いから

 

私が忘れないように

壁に押しピンでメモを貼り付ける感覚で

いま言葉にするだけ

 

自分の為にだけ

 

ただするだけ

 

 

pm12:55

今日は好きな曲が次々と流れるプレイリスト

このプレイリストには

お気に入りの曲を入れているはずなのに、

気分で聴きたい曲と聴きたくない曲と、あるよね?

 

声を上げて大泣きしたい気分だけれど

電車の中だからやめておこう

 

 

 

瀬戸際

5月22日

 

もう自分しかいない

自分しか見えない

 

だのに

ただ流れる世界を

ぼーと見ている

 

少し 疲れたな

 

わたしは何がしたい

わたしは何をしたい

わたしはどうしたいの?

 

自分を知りたいと言いながら

自分を知ろうとしない

 

このまま目を逸らし続けていくのか?

 

とりあえず

どうしたい?と、

ただ聞くよ

 

知りたくなくてもいいんだよ

そう決めたとしてもそれは誰に責められることでもない

 

知りたい

知りたくない

 

知る

知らない

 

どちらでもいいんだよ

でちらでも

 

でも

自分で決めるんだよ

 

 

 

世界が微笑む

今朝は

泣いてばかりだ

 


自分の気持ち

そのまんま話せばいいこと

 


一番、話せない人、、いや、話したくない人

 


少しだけだけど

打ち明けられたよ

 


そしたら

困ったことに

嬉しいことに

 


決して貰うことはないだろうと思っていた言葉を貰った

 


ここで自分の、貰うことはないだろうという思い込みに気がつく

 


自分を打ち明けること

自分を出すことが

こんな結果になるのか。

 


自分から背を向けてきたんだ

要らないと

撥ねつけていたのは

やはり

自分だった

ということにも気がつく

 


そうか

わたしは

これを知らずに生きてきたのか

 


世界はわたしに微笑んだ

 


そう感じた

 


でも実は、ずっと前から

 


生まれた時から

産んでくれた時から

 


世界はずっとわたしを抱きしめていたのかもしれない

 


わたしはそれには気がつかずに

 


気がつきたくなかったのか

 


気がつかなかった、、

 

 

 


ありったけのありがとうを込めて。

 

 

 


ヨガの時にふと過ぎった

これは

The LOOPに入ろうとしているのかもしらん🤦‍♀️

 

 

 

7年前の今日の思い出

f:id:azicoyoga:20190523204547j:image

備忘録

わたしには

伝えたいこと

あるのかな

 

ずっともどかしさを感じてきた

伝えたいことが

うまく表現できない

 

 

そもそも

伝えたいことがあるのかな?

そもそも

伝えたいのかな?

 

って、今思うくらい、できない

してない

しない

 

内向き