Way of my Life

こころを綴る

冬至

今日は冬至です

いつもよりも更に穏やかに1日が過ぎ

昨日は息子へ時刻表を買い

それを1人眺めていた今日

突然に思い出したのは

父が教えてくれた電車の話だった

 

電車好きな息子にようやく買った時刻表

買おう、買おうと思いながらいつも忘れていた

初めて見る時刻表の情報量の多さに驚き、喜ぶ息子を見て、とても嬉しい私

 

わたしは昔、時刻表を眺めるのが好きだった

 

父の話を思い出した私は

全く同じ話を息子に話してきかせ

あぁ、父としたたわいもない会話がこんなにも心に残っていたのかと

初めての知識を得た時の驚きと喜びがずっと残っていたのだ

 

そう、思い出した

ようやくかもしれない

恋しい、焦がれる思いではなく

ただ、しみじみ

あの頃の自分は幸せだったんだと

自分に言うことができそうな感じで

 

昔の思い出が

昔の、家族との思い出は

苦しみに塗れていたわたしには

ただあの頃を、自分の負の感情を伴うことなく

ふわりと浮かばせることが

今まではなかなか困難だった

こういうストンと懐に入る感覚というのは

「ただ、そうだったんだ」という事実からくる物凄い納得感があるもので

「だから、今の状態を受け入れなさい」とか

「だから、今、こうこう思いなさい」とか

そんな自分の思い癖がいつものようにズルズルと何処からか出てきた時に

いやいや、それ関係ないから、と

つっぱねられる

 

そもそもその思考が

自分の思い癖と気がつける

↑私はいつも、感情を〝取引〟する思考だ!!!これはまた後で書こう。

(この思い癖、誰のプログラムか、分かってきた、誰かからインストールしたのかも分かってきた)

 

 

父親は、その事を全く覚えてないだろう

ただ知っていることを、何の気なしに娘に話しただけだっただろう

でも、あの時のわたしは

この上なく幸せだったろう

 

日常の、ほんの一瞬の出来事でも

いつでも

どこでも

幸せの種を見つけることは容易いのだと

気がついた日だった

 

 

今日のお風呂は柚子湯

ぽかぽかしながら寝ます

おやすみなさい