Way of my Life

こころを綴る

親への違和感

現在、実家に来ている。

案の定、食生活はめちゃくちゃに戻り、なぜ帰ってきたのだろう…と思うこともしばしばで、あぁ、何も変わってはいなかった、と思う。

またもや昔のトラウマや落ち込みに囚われてしまう自分、というものを再認識した。

 

ただ、

両親へ対する認識と、

自分へ対する自分自身の認識が

少し違うことに気がつく。

 

うちの親はこんな人達だっただろうか?

昔、から?

本当に?

??

 

 

違和感。

子どもの頃感じていた両親像とあまりにも違う。

いや、子どもの頃の両親像は、

事実では無く、

私の勝手な思い出や思い込みによるものが殆どだったのだろうから、

現実の両親を見ていると、

同一人物だとは思えないのだ。(いや、思えるけれど、なんというか、微妙に違う

 

理由を考えてみた。

年老いたというのもあるのだろう。

私が見ていた父や母は、今より確実に若かった。

落ち着きや諦め、などを、様々身につけてきたのかもしれない。

年を重ねるとはそういうことなのだろうか?

いや、今の自分から見た両親がそう見えるだけだ。

「変化」を受け入れられない親を見て、年を取ったなと思う今の自分がいるが、そんな「親の変化」を受け入れていないのは、そもそも今の自分だ。

 

両親を見ていて思うことは、私自身も無意識にやっているんだろうな…と思うことだったり、以前はよくやっていたことだったり、ということがとても多いことに気がついた。

私が育った環境、というものと、両親のプログラムを受け継いだ自分、というものを少し離れた場所から観た(観ることができた)。

 

変な話、うちの親はとても素晴らしくいい親だと、子どもの頃から思っていた。特に若い頃は両親の期待にそえない自分を責め、又は両親を責め、を繰り返してきた。

なぜなら自分のアイデンティティの源(と感じていたと思う)両親を、心底否定することが出来なかったからだと思う。表面上は否定していたけれど。

親を心底否定し、疑うことは、きついことだ。

 

今の自分は、〜だから駄目なんだ!と、糾弾したい訳でもないし、親に対して何をどうしようというつもりも一切ない。

が、

気がついた。

 

うちの両親は、同じ問題を、手放さず、ずっと抱え続けている。

これは、事実だ。

それをただ、自分は気がついた。

 

ま、このこと自体がわたしの解釈でもある。私から見た時、問題と見えるだけであって両親からしたら問題とは捉えていないのかもしれない。苦しんでいるようには見えるが、潜在意識的には掴まえておきたいことなのだろうということと理解はしているつもり

 

なんのまとまりもない話で終わる。

自分は、親のことや家族のことは、まじで一歩、いや半歩ずつしか歩めないな。それも進んでいるのかよくわからないが、ナチュラルに違う視点を持てたことは大きなことではないかな、と思う。また落ち込む日が来るのかもしれないが、今までのことがあり、今がある。何もかもが学びである。