Way of my Life

こころを綴る

エネルギーがいるんだよ

自分の内側を観るとき、掘り起こすとき、

エネルギーが必要です

 

湧き上がる情動が少し落ち着いたとき、

わたしは自分の感覚を頼りに観ようとするから、、

 

疲れます。

 

 

昨日、夫と話をしました。

 

普段から「なぜ」を問い続けることが大切だと。

好きなもの、嫌いなもの、を掘ること。

「なぜ自分はそれが好き?or嫌い?」をずっと考え続けること。

さすれば、自分とは一体どういう人間なのかが、見えてくるじゃろうて…(仙人風)

 

という訳だ。

 

ここで観えてくる自分、というのは、

この世の中でどういうカルマを持ち、どんなマリオ(人間)として生まれたか、ということだな、と1人補足した自分。

 

他にも様々話したのだけれど、、忘れてしまった。メモを取っとけばよかった、と後悔。

 

 

自分のことについては、

一つ、夫と話す時、私はプログラミング発動が沢山あって、自分でよく分からなくなってしまう時がある事。

一つ、自分はそのプログラミングを外したいと考えているが、発動中は気がつけない。

 

今回もそれが往々にしてあり、

その度に会話がちぐはぐになってしまった。

 

夫→論理的思考からくる言葉

自分→プログラミング発動による言葉、反応、反射

の為、双方向のコミュニケーションではなくなってしまうのだ。

 

私に関しては、なぜこの反応か?を考えていたら、自分の防御姿勢に気がついた。

 

 

夫と話す時というのは、論理的思考の訓練になる。

自分の言葉がプログラムの発動か、そうではなくて、論理的思考なのか、を、嫌でも暴いてくれる。(←だから、夫と話すとなんだか苦しいんだ。しかしこんなこと書いていいんだろうか…と一瞬自問自答)

 

プログラムからくる言葉が見えてきたら、自分がどんなプログラムを持っているかも(考えると)わかってくる。

 

だけれど

夫婦というよりまるで先生と生徒な感じで

これって正直どうなのだろうと、また1人考える。

論理的思考の訓練について、色々聞いたけれど、拾えたものが上記だけだったから、レジュメにして欲しく、メールをお願いしようかと思ったくらいの、先生と生徒感。

 

が、「今の」私たちの関わり方がそうなのだなと、とりあえず理解した。